座禅入門完全ガイド|やり方・足が組めない人の坐り方・瞑想との違いをやさしく

坐って、

なにもしない。

たったそれだけのことが、

現代では
いちばん
難しいことに
なりました。

私たちは、

何かをしている自分には
理由をつけられます。

けれど、

何もしていない自分には

すぐに
理由が
必要になる。

座禅は、

その理由を
いったん
下ろすための

古い方法です。

千五百年のあいだ、

坐り方は
ほとんど
変わっていません。


💎 この記事のキー1行
座禅とは、心を空っぽにする技術ではなく、空っぽにしようとするのをやめる練習です。


この記事の答え(3行以内)
座禅は「足を組んで、背筋を立て、目を半分開け、呼吸を数えず眺めるだけ」の実践で、足が組めなければ椅子でも構いません。雑念は消す対象ではなく、追いかけないだけでよい。心身への効果は瞑想研究全体としては中程度の証拠がありますが、座禅単独での断定はできません。


30秒でわかるまとめ

  • 座禅は、インドの禅那(ジャーナ)に由来し、中国で「禅」となり、日本で独自に磨かれた坐る実践です
  • 「座禅」と「坐禅」は同じもの。曹洞宗では「坐禅」の表記を用います(「坐」が坐る動作そのものを指すため)
  • 日本の禅には主に曹洞宗(只管打坐)・臨済宗(公案)・黄檗宗があり、坐る向きすら違います(曹洞は壁に向かい、臨済は壁を背にする)
  • やり方の要点は足・手・背中・目・呼吸の5点だけ。手は法界定印、目は半眼で閉じません
  • 足が組めなくても座禅はできます。 正座でも、椅子でも構いません。道元も「坐る形」より「坐りきること」を説きました
  • 雑念は消すものではなく、追わないもの。気づいて戻る、その往復自体が座禅です
  • 脳科学では、瞑想の熟練者でデフォルトモードネットワーク(自分について考え続ける回路)の活動低下が報告されています(Brewer et al., 2011)
  • ただし「座禅そのもの」を対象にした大規模研究は少なく、効果の断定はできません
  • 稀に不快な体験(不安の増大・過去の記憶の想起など)が生じうることも報告されています。無理をしないことが最大の作法です
  • 必要なのは、5分と、壁と、坐るための少しの高さだけです

1. 座禅とは——「なにもしない」を練習する時間

座禅(ざぜん)とは、

一定の姿勢で坐り、

呼吸と身体を整えたまま、

何かを達成しようとせずに
そのまま在る

という実践です。

語源をさかのぼると、

インドの
禅那(ぜんな/ジャーナ)——

サンスクリット語の
ディヤーナ(dhyāna)に
行き当たります。

意味は「静慮」。

静かに、
思いをめぐらせる。

それが中国に渡って
「禅」と訳され、

坐って行うことから

坐禅と
呼ばれるようになりました。

ここで
ひとつだけ

先に
お伝えしておきたいことが
あります。

座禅は、

心を無にする技術では
ありません。

多くの方が、

「雑念が消えないから
自分には向いていない」

とおっしゃいます。

けれど、

雑念が消えないのは

あなたの脳が
正常に
働いている証拠
です。

座禅がしていることは、

雑念を
消すことではなく、

雑念を追いかけて
どこかへ行ってしまうのを
やめること。

坐ったまま、

そこに
い続けること。

それだけです。


2. 座禅と瞑想の違い——目的地のあるなしという分かれ道

「座禅と瞑想は
何が違うのですか」

これは、

いちばん多く
寄せられる問いです。

大きな枠で言えば、

座禅は瞑想の一種です。

けれど、

現代に広まっている
マインドフルネス瞑想などと比べると、

態度がはっきりと
違います。

観点座禅(曹洞宗の只管打坐)マインドフルネス瞑想慈悲の瞑想(メッタ)ヨガニドラ
目的の置き方目的を置かない(坐ること自体が目的)注意力・気づきを育てる慈しみの感情を育てる深い休息へ導く
姿勢坐位のみ(結跏趺坐・半跏趺坐・椅子)坐位・歩行・臥位すべて主に坐位仰臥位(寝た姿勢)
目半眼で開ける多くは閉じる多くは閉じる閉じる
誘導の有無なし(沈黙)音声誘導が一般的定型句を心中で唱える音声誘導が前提
効果への態度効果を求めないことを含む効果を明確に目指す効果を明確に目指す効果を明確に目指す
背景仏教(禅宗)仏教由来だが世俗化済み仏教(上座部由来)ヨガ(タントラ由来)

いちばんの違いは、

最後の行に
あらわれています。

マインドフルネス瞑想は、

「集中力を高める」
「ストレスを減らす」という

目的地を
はっきり示します。

一方、

道元が説いた只管打坐(しかんたざ)は、

「ただ坐る」。

悟りを得るために坐るのではなく、

坐っている姿が
すでにそれである、と

考えます。

これは
一見すると

とても不親切な
教えです。

けれど、

「効果を出さなければ」

という圧力から
自由になれる

という意味では、

現代人にいちばん
効くかもしれない

姿勢でもあります。

瞑想全般の入口を先に知りたい方は、

瞑想初心者完全ガイド

と、

もあわせてご覧ください。


3. 座禅の歴史——菩提達磨から道元へ

禅の物語は、

菩提達磨(ぼだいだるま)から
はじまります。

六世紀ごろ、

インドから中国へ渡ったとされる僧。

嵩山少林寺で

九年間、
壁に向かって坐り続けた

という
「面壁九年」の伝説が
残っています。

(これは史実というより、

壁に向かうという
禅の姿勢そのものを語る物語
として
読むのが適切です)

そこから禅は
中国で大きく育ち、

日本へは
鎌倉時代に

本格的に
伝わりました。

栄西(えいさい/ようさい、1141-1215)が
臨済宗を、

道元(どうげん、1200-1253)が
曹洞宗を
もたらします。

道元は
1223年に宋へ渡り、

天童山の如浄(にょじょう)のもとで
学びました。

そこで受け取ったのが、

身心脱落(しんじんだつらく)——

身体も心も
抜け落ちる、

という言葉です。

1227年に帰国した道元は、

すぐに
『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』を
著しました。

タイトルの意味は、

「あまねく
すすめる
坐禅の作法」。

つまり、

出家した人だけでなく、

誰にでも坐ってほしいという

宣言から
日本の座禅は
はじまっています。

1244年、

道元は越前の山中に
永平寺を開きました。

八百年近く経った今も、

そこでは
同じ姿勢で

人が
坐り続けています。


4. 曹洞宗と臨済宗の座禅の違い——壁を向くか、壁を背にするか

日本の禅宗には
主に三つの流れがあり、

坐り方が
実際に違います。

観点曹洞宗臨済宗黄檗宗
開祖(日本)道元(1227年帰国)栄西(1191年ごろ)隠元隆琦(1654年来日)
中心的な実践只管打坐(ただ坐る)公案(禅問答に取り組む)念仏禅(坐禅と念仏の併修)
坐る向き面壁(壁に向かう)壁を背にし、坐者どうしが向かい合う明代中国式の作法を色濃く残す
悟りの捉え方坐ることがすでにそれ見性(けんしょう)体験を重視折衷的
大本山永平寺・總持寺妙心寺・建仁寺・南禅寺ほか萬福寺
初心者の印象静かで、説明が少ない対話があり、緊張感がある儀礼が独特

もし、

お寺の座禅会に
行こうとしていて

「壁を向くのか、
向かないのか」
が

気になっているなら、

それは
宗派の違いです。

どちらが正しい、
ということはありません。

臨済宗では、

公案(こうあん)という
論理では解けない問いを

師から与えられ、

坐りながら
それと共に在ります。

「隻手の声」——

片手の音を
聞いてこい。

江戸期の白隠慧鶴(はくいんえかく)が
整えたことで知られる問いです。

一方、
曹洞宗には

問いが
与えられません。

坐ることそのものが
問いであり、

答えでもある、と
考えるからです。


5. 座禅のやり方——足・手・背中・目・呼吸の5点

ここからが、

実際の
座禅のやり方です。

覚えることは
5つだけです。

① 足——組めるなら組み、組めないなら組まない

  • 結跏趺坐(けっかふざ):右足を左ももの上に、左足を右ももの上に。最も安定しますが、股関節が硬いと困難です
  • 半跏趺坐(はんかふざ):片足だけをもう一方のももの上に乗せます。日本の座禅会で最も多い形です
  • 正座:日本人には馴染み深く、背骨が立ちやすい形です
  • 椅子坐禅:足裏を床につけ、背もたれから背中を離します(詳しくは第6章)

いずれの場合も、

膝が腰より
低い位置に来る
ように

坐蒲(ざふ)や
座布団で
高さを調整します。

これが
できていれば、

姿勢の8割は
成功
です。

② 手——法界定印(ほっかいじょういん)

右の手のひらを
上に向けて、

下腹の前に
置きます。

その上に
左の手のひらを
重ね、

両手の親指の先を
軽く触れ合わせる。

輪ができます。

この輪は、

眠くなると
離れ、

緊張すると
強く押し合う。

つまり、

自分の状態を教えてくれる
小さな計器
です。

③ 背中——積み上げるのではなく、吊るす

背筋を「伸ばす」と
考えると、

胸を張って
腰が反ってしまいます。

そうではなく、

頭のてっぺんを
天井から
糸で吊られている

と
想像してください。

顎は軽く引き、

耳と肩、

鼻とへそが

まっすぐな線で
つながる
ように。

坐りはじめに、

上体を左右に
大きく揺らし、

だんだん振り幅を
小さくして
中心で止める。

これを
左右揺振(さゆうようしん)と
いいます。

自分の
まっすぐを

探し当てる
ための動作
です。

④ 目——半眼。閉じません

これは、

多くの方が
驚かれる点です。

座禅では、

目を閉じません。

半眼にして、

1メートルほど先の
床
に

自然に
視線を落とします。

理由は
明快です。

目を閉じると、

眠りやすく、
かつ
妄想が
広がりやすい。

目を開けたままでいることは、

世界を締め出さずに
静かでいる
という

禅の姿勢そのものでも
あります。

⑤ 呼吸——整えたあとは、ゆだねる

坐り終えたら、

まず
欠気一息(かんきいっそく)——

口を細く開けて、

吐ききる。

これを
数回。

そのあとは、

鼻でゆっくり
呼吸します。

コントロールしません。

深く吸おうとしなくていい。

呼吸が
浅ければ浅いまま、

それを
眺めているだけ
で
十分です。


6. 足が組めない人のための座禅——椅子坐禅という正解

「あぐらが
かけないので、

座禅は
無理だと思っていました」

——これは、

とても
よく耳にする声です。

はっきり
お伝えします。

椅子で
まったく
問題ありません。

現在、

多くの禅寺の
座禅会でも

椅子席が
用意されています。

膝や股関節に

痛みや手術歴のある方が

無理に組むほうが、

禅の精神から
遠い
からです。

椅子坐禅の要点:

  1. 背もたれから背中を離す(もたれると背骨が丸まります)
  2. 足裏を、床にぴったりつける(届かなければ本や台を敷きます)
  3. 膝は90度、こぶし1つ半ほど開く
  4. 座面の前半分に浅く坐る(骨盤が立ちやすくなります)
  5. 手は同じく法界定印、下腹の前へ

道元は

『普勧坐禅儀』のなかで、

坐り方を
細かく記しています。

けれどそれは、

足の形に
悟りが宿るから
では
ありません。

長時間、
苦痛なく
坐り続けられる形
を

探した結果としての
作法です。

あなたにとって
それが椅子なら、

椅子が
正解
です。


7. 座禅の呼吸法——数息観(すそくかん)という最初の道具

只管打坐は、

「ただ坐る」ため

何もしないのが
原則です。

けれど、

はじめての方にとって

「何もしない」は

あまりに
手がかりがない。

そこで
古くから使われてきたのが、

数息観(すそくかん)です。

やり方は
単純です。

吐く息を、
ひとつ、ふたつ、と
十まで数える。

十まで行ったら、

またひとつに
戻る。

途中で
数が分からなくなったら、

責めずに
ひとつへ戻る。

これだけです。

数息観の値打ちは、

「今どこにいるか」が
分かること
に
あります。

数えられているなら、

心は
ここにいる。

数えられなくなったら、

心は
どこかへ
行っていた。

つまり
数息観は、

心の現在地を示す
コンパス
です。

慣れてきたら、

数えるのを
やめてみてください。

数えなくても

呼吸が
そこにあると
分かる。

その状態が、

只管打坐の
入口
です。


8. 座禅中に雑念が湧くとき——追わない、戦わない

坐って
3分もすれば、

必ず
やってきます。

明日の予定。

言い返せなかった
あの一言。

冷蔵庫に
何が残っていたか。

そのたびに、

「またダメだった」と

思う必要は

まったく
ありません。

禅には、

こういう
たとえがあります。

雑念は、
空を流れる雲。

雲を消そうとすれば、

空全体が
戦場になります。

けれど、

流れるにまかせておけば、

空は
なにも
していない。

具体的な作法は、

たった
2ステップです。

  1. 気づく……「あ、考えていた」と気づいた瞬間、それはもう座禅に戻っています
  2. 戻る……呼吸へ、あるいは数へ。気づいたことを評価しない

この
往復こそが、

座禅の
中身
です。

一回の座禅で
50回戻ったなら、

あなたは50回
練習をした

ということに
なります。

ちなみに、

雑念を「消す」のではなく
「観察する」ことを

主眼に置く瞑想も
あります。

態度は異なりますが、

互いを照らし合う
関係にあります。


9. 座禅の科学——脳と自律神経に起きていること

ここからは、

分かっていることと

分かっていないことを

分けて
お話しします。

分かってきていること(証拠:中程度)

瞑想全般の研究で、

くり返し報告されているのが

デフォルトモードネットワーク(DMN)の
変化です。

DMNとは、

何もしていないときに

自分について
考え続けている

脳の回路。

過去の後悔、

未来の心配、

自己評価。

——いわゆる

「頭が
うるさい」
状態の
正体です。

Brewer らの研究(2011年、PNAS)では、

瞑想経験の長い人ほど

DMNの主要領域の活動が
低下し、

自己モニタリングと認知制御に関わる領域との
結びつきが強まっていたことが

報告されました。

もうひとつは、

呼吸と自律神経です。

ゆっくりした呼吸は、

迷走神経を介して

副交感神経が
優位になりやすい
ことが

知られています。

坐って
背骨を立て、

呼吸が
自然に深くなる。

そのこと自体に、

身体的な
根拠があります。

まだ分かっていないこと(証拠:弱い〜未証明)

  • 「座禅」単独を対象とした大規模なランダム化比較試験は、ごく限られています。多くの知見はマインドフルネス系プログラム(MBSRなど)の研究から来ています
  • したがって、「座禅をすれば〜が改善する」という言い方は、現時点では証拠を超えています
  • 「悟り」に相当する状態を、脳科学が測定できているわけではありません
  • 効果の大きさは研究間のばらつきが大きく、対照群の設計によって結果が変わることも指摘されています

瞑想と脳の関係をより広く知りたい方は、

瞑想と脳科学

にまとめています。


10. 座禅の効果と言われているもの——エビデンスの線引き

よく語られる
「座禅の効果」を、

正直に
仕分けます。

よく言われること現時点での評価補足
ストレスを感じにくくなる中程度の証拠(瞑想全般として)座禅単独の検証は限定的
集中が続きやすくなる中程度の証拠注意課題での改善報告あり
自律神経のバランスが整いやすい弱い〜中程度呼吸の効果と切り分けにくい
姿勢がよくなる・体幹が安定する中程度(実践的な妥当性)坐る習慣の副次効果
眠りが深くなる弱い証拠夜の実践は覚醒を招く人もいる
病気が治る未証明医療の代替にはなりません
悟りが得られる科学の評価対象外宗教的・実存的な領域の言葉です

MuZenCosmosが
大切にしているのは、

言えないことを
言わない

という
一点です。

座禅は、

素晴らしい実践です。

素晴らしいからこそ、

盛る必要が
ありません。


11. 座禅と宇宙——なぜ坐ると、自分が小さくなるのか

ここからは、

科学の外の
話です。

座禅をしていると、

不思議なことが
起きます。

自分が、
少し
小さくなる。

小さくなる、というのは

否定的な意味では
ありません。

坐る前、

私たちの世界は

自分でいっぱいです。

明日の会議も、

過去の失敗も、

すべて
「自分の物語」の
なかにあります。

けれど、

30分ほど坐ったあと、

ふと顔を上げると——

窓の外に

木が
揺れている。

その木は、

私が坐っている間じゅう、
ずっと
そこにいた。

私の物語とは
関係なく。

この感覚を、

禅は

「自己をわするる」と
言いました。

道元の
有名な一節です。

仏道をならふといふは、
自己をならふ也。
自己をならふといふは、
自己をわするる也。

(『正法眼蔵』現成公案)

自分を
学ぶことは、

自分を
忘れること。

これは、

宇宙を見上げるときの
感覚と

とてもよく
似ています。

星を見て、

自分の悩みが
小さく感じられるとき、

悩みが
解決したわけでは
ありません。

悩みの置き場所が
変わっただけ。

座禅は、

外に出て
星を見上げる代わりに、

内側から
同じことをする

方法だと

言えるかもしれません。

宇宙意識という視点に関心のある方は、

スピリチュアリティ完全ガイド

もどうぞ。


12. 座禅の安全性と注意事項

静かな実践にも、

守りたい線が
あります。

  • 痛みは、我慢しない。 足のしびれを我慢し続けると、坐位によっては神経の圧迫を招くことがあります。しびれが強いときは組み替えてください。作法よりも身体が先です
  • 立ち上がるときは、ゆっくり。 長く坐ったあとの急な起立は、転倒の原因になります。足を伸ばし、揺すってから立ってください
  • 膝・股関節・腰に持病や手術歴のある方は、椅子坐禅から。 無理に組む理由は、ひとつもありません
  • 稀に、不快な体験が起きることがあります。 瞑想実践の有害事象を検討したレビュー(Farias et al., 2020)では、何らかの不快な体験を報告した人がおよそ8%とされています。不安の増大、過去の記憶の想起、現実感の薄れなど。強い不安・トラウマ・解離の傾向がある方は、専門家に相談のうえで始めてください
  • 長時間・長期間の沈黙リトリートは、初心者向けではありません。 まずは5〜15分から。回数を増やすほうが、時間を延ばすより安全です
  • 治療の代わりにしない。 治療を受けている方は、主治医にご相談ください

13. はじめての座禅道具の選び方——チェックリスト5項目

座禅に、

高価な道具は
必要ありません。

けれど、

坐蒲(ざふ)が
体に合うかどうか
で、

続くかどうかが

はっきり
変わります。

  1. 高さが自分に合っているか……目安は「坐ったとき、膝が腰より低くなる」こと。股関節が硬い方ほど、高めが楽になります。まずは座布団を二つ折りにして高さを試し、合う高さを知ってから買うのが確実です
  2. 中身の素材を確かめたか……そば殻は形が沈んで安定しますがへたりやすく、パンヤ(カポック)は弾力が続きます。ウレタンは硬さが均一。「沈む安定」か「押し返す安定」か、好みが分かれます
  3. 床の硬さ対策をしたか……フローリングに直接坐ると、くるぶしと膝が痛みます。坐蒲の下に一枚敷く(座布団や厚手のマット)だけで、続けやすさが大きく変わります
  4. 椅子で坐るなら、座面の奥行きと足裏を見たか……深く沈むソファは不向きです。足裏が床につく高さの、平らな椅子を。届かない場合は台を置いてください
  5. カバーが外せて洗えるか……毎日使うものです。カバーが外れるかどうかは、長く使うほど効いてきます

続ける仕組みづくりについては、

瞑想の習慣化

もあわせてご覧ください。

「高さを合わせる、
下に一枚敷く、
洗える」
——

この3つが
満たせれば、

道具の準備は

もう
十分
です。


本記事について(免責事項・広告表示)

本記事は、禅の文化・歴史・実践方法を紹介する情報コンテンツであり、医療行為や心理療法の代替ではありません。座禅に関する記述に、疾病・症状・精神状態の改善を保証する意図はなく、感じ方には個人差があります。強い不安や落ち込みが続く方、トラウマ・解離の傾向がある方、精神科・心療内科に通院中の方は、実践の前に専門家にご相談ください。膝・股関節・腰に痛みや手術歴のある方は、無理に足を組まず椅子坐禅をご選択ください。また、本記事は特定の宗派への入信を勧めるものではありません。

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14. たとえば、こんな場面を考えてみましょう

具体的なイメージを持つために、

ひとつの一般的な場面を
想像してみます

(これは架空の一般化された例であり、特定の誰かの実話ではありません)。

たとえば、

夜、
布団に入っても
頭が止まらない

という状態が
あるとします。

体は
疲れています。

眠りたいのに、

明日の段取りと、
昼間の会話が
交互に
再生される。

こういうとき、

多くの人は

考えるのをやめようと
します。

そして、

やめようとするほど

考えていることに
気づき続ける

という
循環に入ります。

ここで
座禅の作法を

借りてみるとします。

やることは、

たったふたつ。

布団から出て、
床に坐る。

そして、

吐く息だけを
十まで数える。

眠るためでは
ありません。

眠ろうとしないために
坐ります。

5分ほど坐ると、

多くの場合、

考えごとは
消えていません。

けれど、

考えごとと自分のあいだに、

わずかな
隙間
が
できていることがあります。

「明日の段取りが
気になっている」

——そう
言葉にできるようになる。

それは、

考えごとの
なかにいる状態
から、

考えごとを
見ている状態
への

小さな
移動です。

眠れるように
なるかどうかは、

その日によって
違います。

けれど、

眠れなかった夜が

「ただ横になっていた夜」から

「坐った夜」に
変わる。

その差は、

意外と
小さくありません。


※本記事は健康・医学的な効果を保証するものではなく、医療の代替となるものではありません。心身の不調がある場合は、医師などの専門家にご相談ください。


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FAQ(よくある質問10問)

Q1. 座禅とはどういうものですか?

一定の姿勢で坐り、呼吸と身体を整えたまま、何かを達成しようとせずに在る実践です。インドの禅那(ディヤーナ=静慮)に由来し、中国を経て日本で独自に発展しました。心を無にする技術ではなく、無にしようとするのをやめる練習と考えると近づきやすくなります。

Q2. 「座禅」と「坐禅」はどちらが正しいですか?

どちらも同じものを指します。曹洞宗をはじめ禅門では「坐禅」の表記が用いられます。「坐」が坐る動作そのものを表す字であるためです。「座」は本来「坐る場所」を意味する字ですが、常用漢字の関係で一般には「座禅」が広く使われています。

Q3. 座禅と瞑想はどう違うのですか?

座禅は瞑想の一種ですが、目的の置き方が異なります。マインドフルネス瞑想が「気づきを育てる」という目的地を示すのに対し、曹洞宗の只管打坐は「ただ坐る」ことそのものを実践とします。また座禅は目を半眼で開けたまま行い、音声誘導も用いないのが一般的です。

Q4. 足が組めなくても座禅はできますか?

できます。正座でも、椅子でも構いません。 多くの禅寺の座禅会でも椅子席が用意されています。大切なのは足の形ではなく、膝が腰より低く、背骨がまっすぐ立っていることです。痛みを我慢して組むほうが、禅の精神から遠くなります。

Q5. 座禅は何分すればいいですか?

初めての方は5〜15分で十分です。禅堂の一炷(いっちゅう=線香一本分)は伝統的に40分前後ですが、これは慣れた方の単位です。時間を延ばすより、回数を増やすほうが身につきやすく、身体的にも安全です。

Q6. 座禅中に雑念が出てきたらどうすればいいですか?

消そうとしないでください。 雑念に気づいた瞬間、それはすでに座禅に戻っています。作法は「気づく → 呼吸(または数)に戻る」の2ステップだけ。一回の座禅で50回戻ったなら、50回練習したということです。気づいた自分を評価しないことが要点です。

Q7. 目は閉じるのですか、開けるのですか?

半眼にして開けたまま、1メートルほど先の床に自然に視線を落とします。目を閉じると眠くなりやすく、妄想も広がりやすいためです。世界を締め出さずに静かでいるという禅の姿勢が、この作法にあらわれています。

Q8. 警策(きょうさく)で叩かれるのですか?

一般的な座禅会では、希望者が合掌して合図したときにのみ用いられます。罰ではなく、眠気や集中の乱れを整えるための助けとされます。位置や作法は宗派・道場によって異なりますので、心配な場合は事前に「受けない」と伝えて構いません。

Q9. お寺の座禅会に初心者が行っても大丈夫ですか?

多くの寺院が初心者向けの座禅会を定期的に開いており、作法の説明から始まります。服装は動きやすく、膝が隠れるゆったりした服が無難です。予約要否・椅子席の有無・時間は寺院ごとに異なりますので、事前にご確認ください。

Q10. 座禅に宗教的な信仰は必要ですか?

必要ありません。 道元が『普勧坐禅儀』で「あまねくすすめる」と記したとおり、座禅は本来ひらかれた実践です。ただし座禅は仏教のなかで育まれてきたものであり、その文化的背景に敬意をもって触れることは、実践を深くしてくれます。


まとめ|坐ることは、答えではなく、姿勢です

座禅について、

長く
書いてきました。

けれど、

いま思い出していただきたいのは

たったひとつです。

坐るだけで、
いい。

うまく
坐れなくていい。

雑念が
消えなくていい。

足が
組めなくていい。

効果が
出なくていい。

千五百年のあいだ、

数えきれない人が

同じ姿勢で

同じように

うまくできないまま

坐り続けてきました。

その列の
いちばん後ろに、

今夜、

5分だけ
並んでみる。

やり方は
これだけです。

床に、
坐布か座布団を
一枚。

(椅子でも
かまいません)

背中を
天井から吊るして、

目は
半分だけ
開けたまま、

1メートル先の床を
見る。

そして、

吐く息を

ひとつ、

ふたつ、

と
十まで
数える。

分からなくなったら、

ひとつに
戻る。

——それだけです。

坐り終えたら、

窓の外を
一度だけ

見上げてみてください。

あなたが坐っていた
5分のあいだも、

空は
ずっと
そこにありました。

それを
思い出すことが、

座禅が
私たちに
返してくれる

いちばん
静かな
贈り物です。


参考文献

  1. 道元『普勧坐禅儀』1227年ごろ成立。(帰国直後の道元が万人に向けて坐禅の作法を示した最初の著作。坐り方・呼吸・心構えの原典)
  2. 道元『正法眼蔵』岩波文庫ほか各版。(「現成公案」「坐禅儀」「坐禅箴」の各巻に、只管打坐と身心脱落の思想が示されています)
  3. James H. Austin, Zen and the Brain: Toward an Understanding of Meditation and Consciousness, MIT Press, 1998.(神経内科医が自身の禅実践と脳科学を突き合わせた大著)
  4. Judson A. Brewer, Patrick D. Worhunsky, Jeremy R. Gray, Yi-Yuan Tang, Jochen Weber & Hedy Kober, “Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity,” PNAS, 108(50), 2011, pp. 20254–20259.(瞑想熟練者でデフォルトモードネットワークの活動が低下することを示した代表的研究)
  5. Miguel Farias, Edward Maloney, Mansur Ali & Thomas Nicholson, “Adverse events in meditation practices and meditation-based therapies: a systematic review,” Acta Psychiatrica Scandinavica, 142(5), 2020, pp. 374–393.(瞑想実践に伴う不快な体験の頻度と種類を検討した系統的レビュー)

MuZenCosmos — 宇宙と静寂の交差点|坐ることは、答えではなく、姿勢です