山を
登っていると、
ある高さから
先で、
空気の
種類が
変わる
ことが
あります。
木が
低くなり、
風が
音を
持ちはじめ、
自分の
呼吸だけが
やたらと
大きく
聞こえる。
——あの
切り替わりを、
修行の
方法として
制度にしてしまった
宗教が、
日本には
あります。
修験道(しゅげんどう)です。
坐りません。
読みません。
歩きます。
そして、
山から
下りてきた
ときの
自分が、
登る前と
違っていること。
それを
確かめるために、
千三百年、
人は
山に
入り
続けて
きました。
💎 この記事のキー1行
修験道は「山に入って身体で確かめる」ことを修行の中心に据えた日本独自の宗教で、神道でも仏教でもなく、その両方が山の上で溶け合ってできた第三のものです。
この記事の答え(3行)
- 修験道とは、日本古来の山岳信仰に、密教・道教・神道が混ざり合って平安期以降に形をとった、山中の実践を中心とする宗教です。
- 修行者を山伏(やまぶし)/修験者と呼び、開祖とされるのは役行者(えんのぎょうじゃ)。ただし史料で確かめられる事実はごくわずかです。
- 明治5年(1872年)に法律で一度廃止され、戦後に再興されました。現在は一般の人が参加できる体験修行が各地にあります。
30秒でわかるまとめ
- 修験道は「修めて験(しるし)を得る道」。教義を読むより、山に入って身体で確かめることを中心に置いた宗教です
- 神道でも仏教でもありません。山岳信仰+密教+道教+神道が長い時間をかけて溶け合った、日本独自の複合宗教です
- 開祖とされる役行者(役小角)について同時代に近い史料が伝えるのは、『続日本紀』の「699年に伊豆へ流された」という一行だけ。あとは千三百年ぶんの伝説です
- 中世には本山派(天台系・聖護院)と当山派(真言系・醍醐寺三宝院)という二大勢力に整理されました
- 明治5年(1872年)の修験宗廃止令で、この宗教は法的に消されました。復興したのは戦後です
- 代表的な行場は大峯(吉野・山上ヶ岳)/熊野三山/出羽三山/英彦山。吉野・大峯と熊野は2004年に世界遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)
- 大峯奥駈道は吉野から熊野まで約170キロの縦走路。七十五の行場(靡=なびき)が並びます
- 出羽三山は羽黒山=現在、月山=過去、湯殿山=未来に見立てた「生まれ変わりの旅」という設計です
- 法螺貝・錫杖・六根清浄の唱え——修験道は、山の中で音を鳴らしながら進む宗教でもあります
- 即身成仏(生きたままこの身で仏になるという密教の思想)と即身仏(湯殿山系のミイラ仏)はまったく別のもの。混同が非常に多い箇所です
- 歩行・森林環境・ゆっくりした詠唱には中程度までの研究がありますが、滝行や断食などの荒行が健康によいという証拠はありません(むしろリスクがあります)
1. 修験道とは何か——山に入ることが、そのまま修行になる宗教
「修験道」という
名前は、
そのまま
読むと
分かります。
修めて、
験(しるし)を
得る、
道。
——つまり、
「やってみて、
その結果を
自分で
確かめる」
という
宗教です。
ここが、
ほかの
多くの
宗教と
決定的に
違います。
信じることから
始まらない。
経典を
暗記する
ことでも
ない。
山に入る。
歩く。
寒い。
濡れる。
腹が
減る。
そして
下りてくる。
その
前後で
自分に
何が
起きたかを、
身体で
測る。
修験道の古い呼び名のひとつに「抖擻(とそう)」という言葉があります。もとは「ふるい落とす」という意味の仏教語で、山林を歩きながら執着を振り落とす修行を指しました。着ているものを脱ぐのではなく、歩いているうちに勝手に落ちていく——修験道が想定しているのは、そういう落とし方です。
坐って内側を観察する座禅(記事154)とは、方向が逆に見えるかもしれません。実際、修験道は「動の禅」と呼ばれることもあります。
ただ、目的地は驚くほど近い。自分という単位を、いったん薄くすること。 坐って薄くするか、歩いて薄くするかの違いだけです。
そして、坐るのが苦手な人がいます。じっとしていると、かえって思考が加速してしまう人。そういう人のための道が、日本にはちゃんと用意されていたということでもあります。
2. 役行者(役小角)とは誰か——史料に残る一行と、千三百年の伝説
修験道の開祖とされるのは、役行者(えんのぎょうじゃ)、本名を役小角(えんのおづぬ)という人物です。
まず、確かなことから。
同時代に近い正史『続日本紀』は、文武天皇3年(699年)、役小角という人物を伊豆島に流したと記しています。理由として、呪術で人を惑わした、といった趣旨の記述が添えられます。
史料で追えるのは、ほぼこれだけです。
生年は634年と伝えられますが、確証はありません。奈良・葛城山(かつらぎさん)を拠点にしたとされ、大峯山を開いたとされ、前鬼・後鬼という二匹の鬼を従えたとされ、空を飛んだとされます。
これらは
すべて、
後の世が
足していった
層
です。
平安期の『日本霊異記』、鎌倉期以降の縁起類——時代が下るほど、役行者はどんどん超人になっていきます。
ここで大事なのは、「だから嘘だ」と切り捨てないことです。
伝説が千三百年ぶん積もったという事実そのものが、この人物が担わされた期待の大きさを示しています。人々は、山に入って別人になって帰ってくる人間の原型を、どうしても一人ほしかった。
寛政11年(1799年)、光格天皇は役行者に「神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)」の諡号を贈りました。没後千百年とされる年です。国家が、伝説の側を正式に認めた瞬間でした。
3. 修験道の歴史——山の信仰に、密教と道教が流れ込むまで
修験道は、誰かが設計して作った宗教ではありません。流れ込んだものが混ざって、あるとき形になったものです。
第一の層——山そのものへの信仰。
仏教が入る前から、日本の山は「入ってはいけない場所」でした。死者の行く先であり、水の生まれる場所であり、里の生活を支配する天気の出どころ。この感覚は神道と自然崇拝(記事157)で扱った層と同じものです。
第二の層——密教。
平安初期、空海と最澄が唐から持ち帰った密教は、山で修行することを前提にした仏教でした。高野山も比叡山も山です。真言・印・曼荼羅といった技法が、山岳信仰と結びつくのに時間はかかりませんでした。この背景は密教・真言宗入門(記事155)に詳しく書いています。
第三の層——道教・陰陽道。
方位、九字、星辰への祈り、不老長生の技法。中国由来の要素が、修験の作法のあちこちに残っています。山伏が唱える「臨兵闘者皆陣列在前」の九字も、もとをたどれば道教系の護身法です。
第四の層——神仏習合。
山の神と仏を同一とみなす権現(ごんげん)の思想が、これらを一つに束ねました。蔵王権現、熊野権現、白山権現——修験の霊山には、たいてい権現がいます。
平安後期から鎌倉期にかけて、これらが修験道という一つの体系に固まっていきます。
中世には二大勢力に整理されました。
| 派 | 系統 | 本拠 | 中心の霊場 |
|---|---|---|---|
| 本山派 | 天台宗系 | 京都・聖護院 | 熊野三山 |
| 当山派 | 真言宗系 | 京都・醍醐寺三宝院 | 吉野・大峯 |
江戸幕府はこの二派体制を追認し、全国の山伏を管理下に置きました。この時代、山伏は村と山をつなぐ実務者でもありました。祈祷、加持、薬草、天候の見立て、道案内。宗教者であると同時に、山の専門職だったのです。
4. 神道・禅・密教と修験道の違い——四つを並べてみる
「修験道は神道ですか、仏教ですか」——最もよく聞かれる質問です。
答えは「どちらでもなく、どちらでもある」。並べると分かりやすくなります。
| 観点 | 神道 | 禅(曹洞・臨済) | 密教(真言・天台) | 修験道 |
|---|---|---|---|---|
| 中心の実践 | 参拝・祭祀・祓い | 坐禅(只管打坐・公案) | 真言・印・観想 | 山中を歩く・行場での荒行 |
| 場所 | 神社と鎮守の森 | 僧堂・寺院 | 道場・堂内 | 山そのもの(建物は拠点にすぎない) |
| 開祖 | いない | 達磨〜道元・栄西 | 空海・最澄 | 役行者(伝説的) |
| 経典 | 単一の聖典なし | 経典より坐を重視 | 大日経・金剛頂経 | 単一の教典なし(諸行を採り込む) |
| 身体の扱い | 清める対象 | 姿勢を整える器 | 仏と等しくなる場 | 限界まで使う道具 |
| 在家の参加 | 誰でも参拝可 | 参禅会あり | 授戒・灌頂が必要 | 体験修行として広く開かれている |
こうして並べると、修験道の特徴が浮かびます。
建物が中心にない。
教典が中心にない。
身体が、いちばん前にある。
5. 明治の修験道廃止令——一度、法律で消された宗教
修験道を語るとき、避けて通れない断絶があります。
明治5年(1872年)、修験宗廃止令。
明治政府は、前年からの神仏分離政策の延長で、修験道という宗派そのものを廃止しました。修験者は、天台宗か真言宗に所属するか、還俗して神職か一般人になるかを迫られました。
理由は
単純では
ありません。
神道を
国家の
軸に
据えるとき、
神と仏が
混ざったまま
山に
いるもの
は、
整理の
対象に
なった。
影響は甚大でした。多くの行場が閉じられ、山伏の集落が解体され、記録と口伝が失われました。出羽三山の羽黒山では、寺院が神社へと姿を変えました。
修験道が宗派として再び立ち上がるのは、戦後、信教の自由が確立してからです。1948年に金峯山寺を総本山とする金峯山修験本宗が独立し、羽黒山でも修験の宗派が再興されました。聖護院、醍醐寺三宝院も修験の系統を継いでいます。
つまり、いま私たちが見ている修験道は、一度断ち切られてから復元されたものです。連続していない部分がある。この事実は、修験道について語られる「古来からの伝統」という言い方を、少しだけ慎重に受け取る理由になります。
6. 山伏の装束とは——身につけるもの、一つひとつの意味
山伏の姿は、遠くからでも分かります。あの装束には、一つひとつに意味が与えられてきました(解釈は流派や時代で異なります)。
| 名称 | 読み | 何か | 込められた意味とされるもの |
|---|---|---|---|
| 頭襟 | ときん | 額の小さな黒い箱 | 大日如来の宝冠に見立てる |
| 鈴懸 | すずかけ | 麻の上下の衣 | 修行者の法衣 |
| 結袈裟 | ゆいげさ | 胸の房飾りつき袈裟 | 胎蔵界の徳を表すとされる |
| 法螺貝 | ほらがい | 巻貝の角笛 | 合図・獣除け・仏の説法の声 |
| 錫杖 | しゃくじょう | 輪のついた杖 | 音で虫獣を避け、存在を知らせる |
| 金剛杖 | こんごうづえ | 木の杖 | 身を支え、卒塔婆にもなる |
| 笈 | おい | 背負う箱 | 本尊と経典を運ぶ移動の堂 |
| 引敷 | ひっしき | 腰につける毛皮 | 座具・防寒 |
注目してほしいのは、そのほとんどが実用品でもあるという点です。
杖は
支えるため。
貝は
遠くへ
知らせる
ため。
錫杖の
輪は、
熊に
先に
気づいて
もらう
ため。
宗教的な意味は、実用の上に後から重ねられたものが多い。山の装備が、そのまま法具になった——修験道の性格が、いちばんよく出ている部分だと思います。
7. 修験道の修行内容——峰入り・大峯奥駈・十界修行
修験道の中心となる修行を、峰入り(みねいり)といいます。一定の期間、山に入り、決められた行場を巡って下りてくる。
大峯奥駈(おおみねおくがけ)は、その代表格です。
奈良の吉野から、和歌山の熊野本宮まで。紀伊山地の尾根を縦に走る、約170キロの道。七十五の靡(なびき)と呼ばれる行場が並び、そのひとつひとつで勤行を行いながら進みます。
この道を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」は、2004年にユネスコ世界遺産に登録されました。
もうひとつ、修験の思想がよく表れているのが十界修行(じっかいしゅぎょう)です。出羽三山・羽黒山の秋の峰入りに伝わる形式で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏という十の世界を、山中で象徴的にたどっていきます。
煙で
いぶされる。
食を
断つ。
眠らない。
そのひとつひとつが、
どの
世界に
いるか
に
対応
している。
そして
最後に、
**仏界を
象徴する
場所で、
生まれ
直す。**
——ここで大切なのは、これが苦しむこと自体を目的にしていないという点です。十界は、地獄から仏まで一本の道でつながっているという思想の可視化です。落ちても、そこから続いている。それを身体で一度通しておく、という装置なのです。
なお、断食・不眠・寒中の行は身体への負荷が非常に大きいものです。現代の一般向け修行では、多くが安全に配慮した短縮形で行われます。健康上の不安がある方は、必ず主催者に事前相談してください。
8. 日本の主な霊山——大峯、熊野、出羽三山、英彦山
修験の山は全国にあります。代表的なものを整理します。
| 霊山 | 場所 | 特徴 | 一般の入りやすさ |
|---|---|---|---|
| 吉野・大峯 | 奈良 | 蔵王権現、大峯奥駈の起点。山上ヶ岳は現在も女人禁制 | 吉野山までは容易。山上ヶ岳は本格登山 |
| 熊野三山 | 和歌山 | 本宮・速玉・那智。熊野古道で結ばれる | 非常に高い。参詣道が整備 |
| 出羽三山 | 山形 | 羽黒山・月山・湯殿山。生まれ変わりの旅 | 羽黒山は石段のみで登れる |
| 英彦山 | 福岡・大分 | 九州修験の中心。往時は数百の坊が並んだ | 中程度。スロープカーあり |
| 白山 | 石川・岐阜・福井 | 白山信仰の本拠。泰澄が開いたと伝わる | 本格登山 |
| 石鎚山 | 愛媛 | 西日本最高峰。鎖場の行場が有名 | 上級(鎖場は迂回路あり) |
初めての一座を選ぶなら、羽黒山をおすすめします。
杉並木の
石段を、
二千四百四十六段。
ただ
それだけ。
鎖も、
岩場も、
ありません。
けれど、
登り
終わったとき、
何かが
片づいて
いる。
修験の山がやろうとしていることの、いちばん分かりやすい見本です。
9. 出羽三山の「生まれ変わりの旅」——過去・現在・未来を歩く設計
出羽三山には、他にはない構造があります。
三つの山に、それぞれ時間が割り当てられているのです。
| 山 | 標高の目安 | 割り当てられた時間 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 羽黒山 | 414m | 現在 | 今生の幸福を願う |
| 月山 | 1984m | 過去 | 死後の世界・祖霊の山 |
| 湯殿山 | 1500m級 | 未来 | 生まれ変わりの山 |
順に巡ることで、一度死んで、生まれ直す——この一連が「生まれ変わりの旅」と呼ばれ、2016年に日本遺産に認定されました。
これは、
とても
宇宙的な
設計だと
思います。
山を
登ることは、
地図の
上では
水平移動
です。
でも
体感は、
縦。
高度が
上がるほど
空気が
薄くなり、
音が
減り、
空が
近くなる。
そして頂上では、下界の悩みの縮尺が変わっている。距離を変えると、問題の大きさが変わる——これは、月や星を眺めるときに起きることと、まったく同じ現象です。
修験道は、それを自分の足で高度を稼いで行います。望遠鏡ではなく、脚で。
湯殿山には、もうひとつ有名な決まりがあります。「語るなかれ、聞くなかれ」。 御神体について、見た人は語ってはならないとされてきました。
説明を
禁じる
ことで、
体験だけを
残す。
修験道が
言葉に
対して
とっている
距離が、
ここに
出ています。
10. 修験道の音——法螺貝・錫杖・六根清浄の響き
修験道は、音の宗教でもあります。
法螺貝(ほらがい)。
大型の巻貝に歌口をつけた角笛です。低く、太く、うねるような音が出ます。山の中では数キロ先まで届き、集合の合図、危険の警告、獣除けとして実用されてきました。宗教的には、仏の説法の声に見立てられます。
音響的に見ると、法螺貝の音は倍音を非常に多く含む音です。基音のまわりに整数倍の成分が厚く重なり、単純な正弦波とはまったく違う「厚み」が生まれます。この仕組みは倍音・倍音瞑想完全ガイド(記事130)で詳しく扱っています。
ただし、法螺貝が特定の癒しの周波数を出しているという説には、確かな根拠は確認できません。 吹き手・貝の個体・歌口によって音高は変わります。効能の断定はできない、というのが誠実な線引きです。
錫杖(しゃくじょう)。
杖の頭部の輪が、歩くたびにシャン、と鳴ります。これは瞑想の道具ではなく、存在を知らせる装置です。虫や蛇を避け、獣に先に気づかせ、前を行く者と後ろの者の距離を音で測る。
六根清浄(ろっこんしょうじょう)。
登りながら唱える言葉です。六根とは眼・耳・鼻・舌・身・意——六つの感覚の入口。それを清めながら登る、という宣言です。
「ろっこんしょうじょう」を繰り返すと、呼吸が一定のリズムに揃います。 急な登りでも息が乱れにくくなる。宗教的な唱えごとであると同時に、きわめて実用的なペース管理の技術でもあるわけです。
ゆっくりした一定リズムの詠唱について、興味深い研究があります。ベルナルディらが2001年に『BMJ』へ発表した研究では、ロザリオの祈りとヨガのマントラが、いずれも毎分およそ6回の呼吸に自然と収束し、心血管系の自律的リズムに変化が見られたと報告されています。
修験の唱えごとが同じ機序かは分かりません。ただ、唱えることが呼吸を整えるという方向性は、無関係ではなさそうです。
なお、「六根清浄」がなまって「どっこいしょ」になったという説を耳にすることがありますが、これは俗説であり、言語学的な裏づけは確認できていません。 面白い話ですが、事実として書くべきものではありません。
11. 即身成仏と即身仏——混同されやすい二つのこと
ここは、修験道について最も誤解が多い箇所です。まったく別のものが、名前が似ているせいで混ざっています。
即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、密教の思想です。空海が説いた、「生きているこの身のまま、仏になれる」という考え方。死後を待たない、来世を待たない。修験道が山に入る動機の根底にあるのは、この思想です。
即身仏(そくしんぶつ)は、遺体です。
主に江戸期、湯殿山系の行者たちが行った木食行(もくじきぎょう)の結果として残されたもの。穀物を断ち、木の実や樹皮だけを食べて体脂肪と水分を落とし、最終的に土中の石室に入って(土中入定)、そのまま入寂する。数年後に掘り出され、乾燥した状態で残ったものが即身仏として祀られました。
山形県を中心に、十数体が現存しています。
この二つは、
思想と、
遺体
です。
同じ
ものでは
ありません。
そして重要な点——土中入定は、現在の日本では法律上できません。 明治以降、墓地埋葬に関する法や刑法の規定により、この行は不可能になりました。即身仏は、特定の時代にだけ成立した現象です。
現代の修験道が目指しているのは、当然ながら前者——生きて山を下り、生きたまま何かが変わっていること、のほうです。
12. 現代に体験できる修験道——一般向けの修行と、その入り方
「山伏になれますか」——これも多い質問です。
答えは、段階があります。
第一段階:体験修行に参加する。
出羽三山(羽黒山)では、一般向けの山伏修行体験が例年夏を中心に開かれています。白装束を貸与され、数日間、山中で行を共にする形式です。吉野・大峯、熊野、英彦山などでも、一日〜数日の体験プログラムがあります。
第二段階:講(こう)に入る。
各霊山には、在家の信者団体である「講」があります。地域の講に加わり、年中行事や峰入りに参加していく道です。
第三段階:得度・修験の階梯を進む。
宗派に所属し、正式に修験者としての位を受けていく道。ここからは僧籍に近い世界になります。
ただし、いきなり第一段階でなくてもいいと思います。
世界遺産の
熊野古道を
一日
歩く。
羽黒山の
石段を
登る。
大峯奥駈道の
一区間だけを
日帰りで
歩く。
これらは、宗教的な手続きを何ひとつ踏まなくても、誰でもできることです。そして、修験道が置いている問い——「山に入る前と後で、自分は変わるのか」——を試すには、それで十分足ります。
体験プログラムの開催時期・費用・定員・申込方法は年によって変わります。必ず各寺社・主催団体の公式情報で最新のものをご確認ください。
13. 修験道への誤解と注意——言えること/言えないこと
誤解しやすいこと
- 「山伏は僧侶である」……必ずしもそうではありません。在家のまま修験を続ける人が大勢います。江戸期の山伏は妻帯し、村に住む生活者でした
- 「修験道=苦行」……荒行は要素の一つですが、中心ではありません。中心は山中を巡ることです
- 「即身仏になるのが修験の目標」……違います。前章のとおり、思想と遺体は別物です
- 「古代から途切れず続く伝統」……明治に一度断絶しています。現在の形は復元を含みます
- 「霊的な能力が身につく」……修験の伝承には験力の話が多くありますが、検証可能な形で示された例はありません
女人禁制について
大峯山・山上ヶ岳(1719m)は、現在も女人禁制を維持しています。日本でこの慣行が残る、数少ない場所のひとつです。
これについては、信仰の伝統として尊重すべきという立場と、性別による排除は見直すべきという立場の、双方の議論が長く続いています。地元・宗教界・研究者の間でも一致していません。
本記事は、どちらかの結論を提示する立場をとりません。現状として禁制が継続していること、そして大峯の他の区間や、熊野・出羽三山・英彦山には性別の制限がないことを、事実としてお伝えします。訪問を検討される方は、行き先ごとの現在の規定を必ずご確認ください。
身体への影響について、言えること/言えないこと
| 内容 | エビデンスの強さ |
|---|---|
| 山を歩く有酸素運動が心血管系と気分に資すること | 強い証拠 |
| 森林環境で過ごすと一時的にストレス指標が下がる傾向 | 中程度(研究規模は小さい) |
| ゆっくりした詠唱・毎分6回程度の呼吸が自律神経指標に影響 | 中程度(Bernardi et al., 2001) |
| 法螺貝や特定の音の周波数が身体を治すこと | 未証明 |
| 滝行・断食・不眠などの荒行が健康を増進すること | 未証明(むしろ相応のリスクがあります) |
滝行や寒中の行は、心臓・血圧・呼吸器に負担がかかります。 持病のある方、服薬中の方、単独での実施は避けてください。修験道は医療の代わりにはなりません。
14. 山に入る前のチェックリスト5項目
修験の山は、観光地であると同時に山です。ここを取り違えると、危険がそのまま起きます。
出かける前に、これだけ確認してください。
- 足元は登山靴か……羽黒山の石段や熊野古道の石畳は、濡れると驚くほど滑ります。 スニーカーで登れる区間もありますが、ソールの溝が残っているかを必ず見てください。大峯奥駈や石鎚の行場に入るなら、ミッドカットの登山靴が最低ラインです
- 雨具は上下セパレートか……紀伊山地も出羽も、降水量が非常に多い地域です。傘は稜線で使えません。上下に分かれた防水透湿のレインウェアを、晴れ予報でもザックに入れてください。これは装備の中で最も削ってはいけない一点です
- 水と行動食を持ったか……行場には自動販売機がありません。夏場は一人1.5〜2リットルが目安。加えて、塩分と糖分をすぐ取れるものを。低血糖と脱水は、判断力から先に奪います
- ヘッドランプと紙の地図があるか……山中は携帯の電波が切れる区間があります。地図アプリはあらかじめオフラインで保存し、予備の光源を必ず。下山が遅れたときに、これがあるかないかで結果が変わります
- 日程に余裕があるか……一日に詰め込まない。 三山を一日で回るより、羽黒山だけを半日かけて登るほうが、確実に深く残ります。引き返す判断ができる時間割にしてください
装備は
山の基準で。
予定は
半分に。
修験の山で確実に効く工夫は、このふたつです。
本記事について(免責事項・広告表示)
本記事は、修験道の歴史・文化・実践形態を紹介する情報コンテンツであり、医療行為・心理療法・宗教的勧誘のいずれでもありません。登山・森林環境・詠唱・自然音に関する記述に、疾病・症状・人間関係・経済状況の改善を保証する意図はなく、感じ方には個人差があります。森林環境と健康に関する研究は現時点で規模が小さく、結果の一般化には慎重さが必要です。治療を受けている方は、主治医の指示を優先してください。滝行・断食・寒中の行・鎖場をともなう行場は身体的負荷と滑落等の危険が大きく、心臓・血圧・呼吸器に不安のある方、および単独での実施は避けてください。入山規制・女人禁制の有無・体験修行の開催時期・費用・登拝時間・拝観可否は、寺社および年度ごとに異なり、変更されます。訪問前に各寺社・主催団体の公式情報と、当日の気象・登山道情報を必ずご確認ください。 本記事は特定の宗教・宗派への入信や寄進を勧めるものではありません。
【広告】 本記事には、将来的にアフィリエイトリンク(商品・サービスの紹介リンク)が含まれる場合があります。リンク経由での購入によって読者の皆様に追加費用が発生することはありません。
たとえば、こんな場面を考えてみましょう
具体的なイメージを持つために、ひとつの一般的な場面を想像してみます
(これは架空の一般化された例であり、特定の誰かの実話ではありません)。
たとえば、
**何ヶ月も
決めきれない
ことを
抱えたまま、
朝の
石段の
下に
立っている**
という
状況が
あるとします。
信仰は
ありません。
修行の
つもりも、
ありません。
ただ、
部屋の中で
考えても
同じところを
回るだけだと、
もう
分かって
しまった。
登りはじめます。
最初の
三百段は、
まだ
考えごとが
ついてきます。
あの返事を
どうするか。
あの人に
どう言うか。
五百段を
越えたあたりで、
呼吸が
うるさく
なります。
考えごとの
音量が
下がる。
千段。
もう
何も
考えて
いません。
**足を
上げる。
置く。**
それだけに
なっている。
杉が
高い。
上のほうで
風が
鳴っている
のが
聞こえる
のに、
下は
まったく
無風
です。
二千段を
過ぎたころ、
汗が
冷たく
なって
きます。
そして
登り
きる。
答えは
出て
いません。
修験の山は、答えを渡してはくれません。
けれど、下りの石段で、こういうことが起きることがあります。
問いのほうが、
少し
小さく
なっている。
同じ
問題です。
事情も
何ひとつ
変わって
いません。
ただ、
**それを
見ている
自分の
位置が、
二千四百段ぶん
動いた。**
修験道が千三百年やってきたのは、たぶんこういうことです。
山は、何も教えません。
ただ、距離を変えてくれる。
※本記事は健康・医学的な効果を保証するものではなく、医療の代替となるものではありません。心身の不調がある場合は、医師などの専門家にご相談ください。
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FAQ(よくある質問10問)
Q1. 修験道は宗教ですか?入信の手続きが必要ですか?
宗教です。ただし、体験修行や霊山への登拝に入信は不要です。金峯山修験本宗・羽黒山修験本宗・聖護院・醍醐寺三宝院などの宗派がありますが、一般の方が山を歩き、行場を訪ねることに宗教的な手続きは要りません。
Q2. 山伏になるにはどうすればよいですか?
段階があります。まず各霊山の体験修行に参加するのが入口です。継続したい場合は在家信者団体である「講」に加わる道があり、さらに進むと宗派に所属して修験の階梯を受けることになります。いきなり最後の段階を目指す必要はありません。
Q3. 修験道は神道と仏教のどちらなのですか?
どちらでもありません。 山岳信仰・密教・道教・神道が溶け合ってできた複合宗教です。明治の神仏分離で「仏教側」か「神道側」かに割り振られた歴史がありますが、それは政策上の整理であって、修験道そのものの性格ではありません。
Q4. 大峯山の女人禁制は、いまも続いているのですか?
山上ヶ岳では継続しています。 尊重すべき伝統とする立場と、見直すべきとする立場の議論が続いており、結論は出ていません。なお、大峯の他区間、熊野三山、出羽三山、英彦山などには性別の制限はありません。行き先ごとに現在の規定をご確認ください。
Q5. 法螺貝は誰でも吹けますか?購入できますか?
楽器店や仏具店で販売されており、購入自体は可能です。ただし音を出すには練習が要ります(トランペットに近い唇の使い方です)。住宅地では非常に大きな音が出るためご注意ください。宗教行事の場では、勝手に吹かないのが礼儀です。
Q6. 「六根清浄」とは何ですか?「どっこいしょ」の語源というのは本当ですか?
六根とは眼・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚の入口で、それを清めながら登るという唱え言葉です。「どっこいしょ」の語源とする説は広く知られていますが、言語学的な裏づけは確認できていません。俗説として受け取るのが妥当です。
Q7. 即身仏を見ることはできますか?
山形県内の複数の寺院などで拝観できます(拝観時間・可否は寺院により異なります)。ただし、これは信仰の対象であって展示物ではありません。 撮影の可否を必ず確認し、静かに参拝してください。
Q8. 滝行は身体によいのですか?
健康増進を示す確かな証拠はありません。 冷水による急激な血圧・心拍の変化は、心疾患や高血圧のある方にとって危険です。修行として行う場合は必ず経験者の指導下で、単独では行わないでください。
Q9. 大峯奥駈道は、一般の登山者でも歩けますか?
区間によります。全線約170キロは上級者向けの数日行程で、水場が限られ、エスケープルートも少ない道です。一方、吉野側の一部区間や熊野古道の一部は、日帰りで歩ける整備区間があります。まずは区間を切って歩くことをおすすめします。
Q10. 修験道を学ぶには、何から読めばよいですか?
宮家準『修験道――その歴史と修行』(講談社学術文庫)が、通史と実践の両方を押さえた定番です。五来重『山の宗教――修験道案内』(角川ソフィア文庫)は、より読み物として入りやすい一冊です。まず一座登ってから読むと、理解の入り方が変わります。
まとめ|山は何も教えない。ただ、距離を変える
修験道は、
信じなさい
とは
言いません。
登って
みなさい
と
言います。
そして、
登った
あとで
何が
起きたかは、
自分で
確かめろ
と
言う。
これは、宗教としてはずいぶん乱暴な作りです。教義もなければ、救済の保証もない。あるのは、山と、道と、鳴る貝と、二千四百段の石段だけ。
けれど、この乱暴さこそが、修験道が千三百年生き延びた理由なのだと思います。
言葉が要らないから。
法律で一度消されても、山は残りました。行場は残り、石段は残り、道は草に埋もれながらも残った。宗派が解体されても、登るという行為そのものは、誰にも禁止しきれなかった。
いま私たちは、坐る瞑想も、呼吸法も、音のツールも、ずいぶん豊富に持っています。それらはすべて有効です。けれど、どうしても部屋の中で答えが出ない夜がある。
**そういうときのために、
日本には
山があって、
そこへの
入り方が、
千三百年ぶん
整備されて
います。**
いきなり修行をする必要はありません。世界遺産に登録された道の一区間を、日帰りで歩くだけでいい。
今週末、
地図を
開いて
みてください。
近くの
低い山でも
かまいません。
朝の
早い
時間に
入って、
**上まで
行って、
下りて
くる。**
それだけで、
問題の
大きさは、
少し
変わります。
星を
見上げる
ときと
同じです。
**遠くから
見れば、
たいていの
ものは
小さい。**
修験道は、その距離のとり方を、脚で覚えるための道でした。
より広い視野で日本と世界の智慧の伝統を眺めたい方は、スピリチュアリティ完全ガイド(記事91)もあわせてどうぞ。
山の
上の
空は、
いつでも、
思っていたより
近い
です。
参考文献
- 宮家準『修験道――その歴史と修行』講談社学術文庫、2001年
- 五来重『山の宗教――修験道案内』角川ソフィア文庫、2008年
- H. Byron Earhart, A Religious Study of the Mount Haguro Sect of Shugendō, Sophia University, 1970
- Bernardi L, Sleight P, Bandinelli G, et al. “Effect of rosary prayer and yoga mantras on autonomic cardiovascular rhythms: comparative study.” BMJ, 2001;323(7327):1446-1449.
- Li Q. “Effect of forest bathing trips on human immune function.” Environmental Health and Preventive Medicine, 2010;15(1):9-17.
MuZenCosmos — 宇宙と静寂の交差点|山は何も教えない。ただ、距離を変える

